大判例

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東京高等裁判所 昭和43年(ネ)1373号 判決 1971年12月24日

控訴人 岡田亮一

右訴訟代理人弁護士 三野昌治

同同 松井清旭

被控訴人 宗教法人日本基督教団武蔵野緑教会

右代表者代表役員 伊藤昌義

右訴訟代理人弁護士 大園時敏

主文

原判決を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は主文と同旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上、法律上の主張および証拠関係は次に附加するほか原判決事実欄記載(添付目録を含む)のとおりであるからこれをここに引用する。

(控訴代理人の主張)

一、控訴人と訴外佐藤藤太郎との間には原判決添付目録記載の建物(以下本件建物という。)に関して再々紛争があり、その結果昭和三七年五月には同訴外人が控訴人に対し、従前の紛争を解消して今後引続いて円満に賃貸する旨の協定ができたにも拘らず、同訴外人は右協定を誠実に実行せず、わずか二か年を経過した同三九年には再び明渡を求める調停申立をした。

しかもその申立は被控訴人が、右のように控訴人と訴外佐藤藤太郎間に本件建物につき協定が成立していて明渡を求めることができないことを同訴外人から告げられてこれを知りながら本件建物を譲り受けようとし、その明渡のため同訴外人に調停申立をするよう要求したためにされたものである。

このような状況の下では控訴人としては右申立による調停期日に出頭して協議をしなければならない事情は全くなく、控訴人に調停につき誠意がないとすることはできない。

二、(一) 被控訴人主張の本件解約権は発生しない。

借家法第一条ノ二に規定する解約権は賃貸借の更新拒絶権と同じく賃貸人が賃貸期間中において正当な理由により賃貸借を継続し難い場合に特に認められた形成権である。従って賃貸人の自己所有の必要その他の事情は賃貸期間中に発生したることを要件とするとともに賃貸借関係発生と同時に解約権乃至更新拒絶権が賃貸人に発生するものではない。この解釈は借家法第一条ノ二の文言解釈からもまた借家法が賃借人の地位の安定をはかって借家人を保護する法の精神からも明瞭なところである。家屋賃貸借という信頼関係が発生する法律関係は新契約によると、家屋の所有権取得により賃貸借関係承継により発生した場合とを問わず信頼関係発生の当初から賃貸人に前旨解約権又は更新権の発生を認めることのできないことは異なる理由はない。

本件は被控訴人が昭和三九年一一月四日家屋の所有権取得登記をなし同月二六日控訴人に解約申入をしたのである。≪証拠省略≫を総合すれば被控訴人は本件賃貸借承継と同時に解約権行使の目的を有し≪証拠省略≫をもって本件解約の通知をしたのである。賃貸借関係発生の当初において賃貸人に解約権発生するものでもなく、また被控訴人の自己使用の必要が、賃貸借関係発生後に生じたものでもない。しからば前示理由により被控訴人のために本件家屋につき解約権の発生しないことが極めて明白であり従って被控訴人がなしたる昭和三九年一一月二六日の本件解約の通知は無効である。

(二) 本件解約権の行使は違法にして無効である。

形成権の行使は当事者一方の意思表示により法律上の効果を形成するものであるから相手方の地位の不安定もしくは不利益を与えないよう確定的意思表示によってなされねばならない。従って条件付意思表示も後日における意思表示の補充も許されないのである僅かに例外として相手方の債務不履行を原因とする停止条件付解除の意思表示は相手方に不利益を与えないから条件付意思表示の有効が認められるのみである。被控訴人は本件訴状の記載により昭和四十年一月中正当理由の補充として金二十万円の提供の意思表示をした(本件訴状並昭和四十五年七月六日の口頭弁論調書)。しかし、この金二十万円提供の意思表示によって昭和三十九年十一月二十六日の解約権行使の意思表示が補充されるものでないことは前示形成権行使の説明によって明白なところである。形成権の行使の効果はその行使の意思表示の到達した当時において既に形成されたか若しくは不形成に確定しているのである。後日の意思表示の補充により溯って法律上の効果が形成されるものでないことは学説判例はもとより多言を要しないことである。

(三) 本件解約の申入は解約権の濫用で無効である。

(1)  賃貸人佐藤藤太郎と賃借人岡田亮一との関係

控訴人は家屋所有者佐藤藤太郎から終戦後間もなく本件家屋を賃借し長年月に亘り円満な信頼関係を継続してきたが、同人の長男晴耕は精神に異状あり昭和三十年中控訴人賃借家屋の塀を乗越えて敷地内に不法侵入し野菜植木を踏荒し深夜に喚声をあげ甚しい乱暴行為を繰返し警官の制止もしばしばあった武蔵野署の説得により同年五月十七日同署において晴耕の謝罪と賃貸借の円満な継続を内容とする和解が成立した。その後も藤太郎との間において賃貸借関係の紛争は少しもなく友好的関係を持続していたから控訴人は調停の申立あったことを知って寧ろ不思議にさえ思っていた程である。殊に被控訴人が本件家屋を買受けた当時においても控訴人が持参した賃料を藤太郎は被控訴人代表者伊藤昌義に提供して受領を求めた程である。この事実によれば藤太郎は賃貸借の継続あるものと期待し、伊藤昌義が家屋明渡の目的をもって家屋を買受けた事実は予想もしなかったことが明白である。

(2)  伊藤昌義の不当行為

伊藤昌義は佐藤藤太郎との間に昭和三十七年十月二十五日本件家屋につき売買予約を締結し、藤太郎が一年内に賃借人から任意の明渡を受け空家となることを解除条件とした。しかるに藤太郎はその後二年間も賃料を受領し賃借人岡田亮一は家屋に居住し平安な生活を続けているのであるから本件家屋が右一年以内に空家とならなかったのである。条件不成就により売買予約は効力を失ったことは明白である。従ってこの予約に基く伊藤昌義の昭和三十九年九月十一日の売買完結の意思表示は無効で被控訴人が家屋の所有権を取得することのできないことは勿論である。伊藤昌義は本件家屋を買受けなければ日本基督教団から補助金三百五十万円を交付されないのでこれを領得する目的で、無効な予約に基き敢て売買完結の意思表示をしたのである。

(3)  賃借人岡田亮一の情況

岡田亮一は大学教授として多年教育に従事するもので、終戦後佐藤藤太郎と特別親密な関係にあり、賃料の支払、家屋の管理等義務を忠実に履行すると共に円満な信頼関係を継続してきたが、給料生活者として財産的には恵まれない、環境において多くの家族を養育しておるものである。

以上第一、理由により解約権は発生しないこと明らかであるが、仮に解約権発生したものとすると解約権行使の目的、時期、方法、賃貸人の信義の違反等すべて常人のなすべきことでなく、公序良俗に反する悪徳行為であり、他人の不利益を顧みない行為である。まさに悪徳牧師の内面を曝露するものである。一方的意思表示により法律上の効果を形成する形成権の濫用であること明白であると信ずる。

(四) 原判決は民事訴訟法の原則に反する顕著なる違法がある。

被控訴人は本件訴状において正当理由の補充として金二十万円提供の意思表示をなし、これを口頭弁論において主張したのである。しかるに原判決は金五十万円の提供を命じ、これを正当理由の補充として控訴人に敗訴の判決をしたのである。金五十万円の提供の主張立証は原審において被控訴人においてしたことは絶対に存在しないことは本件記録において顕著なるところである。民事訴訟法の原則に反すること甚だしい。民事訴訟における私権保護の制度は私権の確定を基礎とするのである。裁判官が私権を創設すべきものでない。当事者の主張と立証によって私権の存否を確定すべきである。原判決は判決手続と非訟事件手続を混同したもので、訴訟法の原則たる当事者処分主義、口頭弁論主義の法則を知らざるものである。裁判所の職権による正当理由の補充により形成権が過去に溯って発生し、又は形成権行使が適法化されるものでない。

(証拠関係)≪省略≫

理由

一、本件建物がもと佐藤藤太郎の所有であったこと、同人所有当時(≪証拠省略≫によれば昭和二八年五月初頃)控訴人は佐藤藤太郎から本件建物を期間を定めず、賃借し、その賃料は一か月金八、〇〇〇円、毎月末日払の約であったこと、被控訴人は昭和三九年一一月一二日本件建物を右藤太郎から買受けてその所有権を取得し、藤太郎の控訴人に対する賃貸人の地位を承継したことおよび被控訴人は昭和三九年一一月二八日自ら使用する必要があることを理由に控訴人に対して右のように承継した賃貸借契約解約の申入をしたことはいずれも当事者間に争がない。

二、そこで被控訴人の主張する正当事由の有無について判断する。

(一)  ≪証拠省略≫を総合すると次の事実が認められる。

(1)  佐藤藤太郎はその子佐藤晴耕の事業の失敗による借財整理のため、藤太郎所有の本件建物および晴耕所有の隣家とその敷地の借地権を売却しようとしていた。一方伊藤昌義(後に被控訴人代表者)は本件建物の北方約千米はなれた借家で緑町教会所を開き基督教の伝道にあたっていたが、右借家は手狭で十分な伝道活動もできないので他に場所を求めていたところ、世話する人があって本件建物をその隣家およびその敷地の賃借権と一括して買取ることとした。

しかし本件建物には控訴人が居住していたので伊藤昌義が様子を見に控訴人方を訪ねたところ控訴人に一喝される有様であった。そこで先づ本件建物に隣接する晴耕所有の建物とその敷地の賃借権(賃借権者は藤太郎)を伊藤昌義の緑町教会所(当時法人格を有しなかった)が所属する日本基督教団において買受けることとし、昭和三七年一〇月二五日藤太郎および晴耕と右教団との間で売買契約を締結し、その際本件建物およびその敷地の賃借権については藤太郎が、控訴人から右建物を明渡して貰い明渡実現の上売買することに合意した。

(2)  そして藤太郎は昭和三九年二月一一日、本件建物を他に移転して賃貸することを条件に控訴人に右建物明渡を求める調停を武蔵野簡易裁判所に申立て五回にわたり調停期日が開かれたが、控訴人はその都度大学の講義、病気等の理由を具申して欠席を届出て、一回も出頭しなかったため、成立の見込がないとして不調に終った。(調停が開かれ五回の期日に控訴人が不出頭で不調となったことは当事者間に争がない。)

(3)  伊藤昌義は緑町教会所が法人格を有しなかったので、昭和三九年九月一一日これを法人組織とし宗教法人武蔵野緑教会(被控訴人)を設立し、その代表者となったが、同教会に当てる本件建物および敷地の賃借権の買入資金は日本基督教団からの援助によるものであって早急に買入れないと右資金援助を受けられなくなるおそれがあったので、控訴人の明渡をまたず、また法人格も出来たことなので、被控訴人において本件建物およびその敷地の賃借権を藤太郎から買受けることとして昭和三九年一〇月二一日被控訴人と藤太郎とは本件建物およびその敷地賃借権の売買契約を締結するに至った。

(4)  被控訴人は本件建物の隣家で教会を営み伝道活動を行っているが、教会員は一〇〇名を超えていて、右隣家である教会は、一階が八畳二間、六畳一間と廊下で、これを集会所に使用していて、二階は八畳と六畳の二間であるがこれは代表者伊藤が住居として使用している。そして日曜には四〇名から五〇名の参会者があって、他に日曜学校、青年会、壮年会、婦人会、聖書研究会等の集会にも使用するので右隣家のみでは手狭で教会活動に差支えがあるので、廊下続きで使用できる控訴人居住の本件建物を使用する必要がある。

(5)  被控訴人はその主張の正当事由を補強するため、控訴人が本件建物から立退く為の費用として金二〇万円を支払う用意があり金二〇万円と引かえに本件建物の明渡を求めていることはその主張するところによって明らかである。

(6)  以上の各事実を認めることができ、右認定を左右するに足る証拠はない。

(二)  しかし他方控訴人側の事情として次のとおり認められる。

≪証拠省略≫によれば、控訴人は国士館大学その他の大学において倫理学を教え、月収約金八万円であり妻富美、次男夫婦、長女、五男と共に本件建物に居住し、鳥取に家屋敷を有するほか他に資産はなく、本件建物を明渡すことは困難な事情にあることが認められ、この認定に反する証拠はない。

(三)  以上に認定した事情を比較検討すると、被控訴人は本件建物に控訴人が賃借居住していて控訴人にこれを明渡す意思がなく、明渡をうけることが極めて困難である事情を知りながら、本件建物買受資金入手の都合があったとはいえ、敢て本件建物を佐藤藤太郎から買受け、事前に被控訴人側の事情を控訴人に訴えて明渡条件等を話合うようなことすらせず(むしろ話合は不可能と考えていたように推認される)直ちに本件建物賃貸借解約の申入をしたものであるところ、本件建物とその隣家およびその敷地賃借権を併せ買入れこれを教会の用に供しようとするに当っては本件建物の明渡を受けることが可能であるかどうかにつき十分検討の上可能性の少ないときはこれによって目的が達せられないおそれがあるのであるから、被控訴人としては買受けを差控えるか、他に適当な建物を求めるため一層の努力をすべきである。そのような試みをしようとせず、ひたすら、控訴人の本件建物明渡のみを求めているのは行きすぎであって、このような控訴人の正常な利益を害してまでも本件建物を教会活動に使用しなければならない必要性は一般社会生活の常識から判断してこれを見出すことはできない。

このような事情にある以上被控訴人の申出でた補強条件である立退料の贈与(被控訴人の申立を超える原判決認定の五〇万円)を斟酌しても被控訴人には控訴人に対し本件建物の明渡を求めるにつき正当の事由ありとすることはできない(また右補強条件である立退料を被控訴人の認むる額を著しく超えて裁量することは民訴法上許されない)。

被控訴人は藤太郎が申立てた調停の申立に控訴人が不協力であることも正当事由の一として主張するがこれは控訴人と藤太郎間の事情であり藤太郎の有する本件建物明渡の正当事由と被控訴人のそれとはおのずからことなるのであるがこれを被控訴人の有する正当事由として参酌しても、控訴人が調停に出頭しなかったについてはその都度事情を申出でて欠席届出をしているのであり、藤太郎も被控訴人も右調停以外には本件建物明渡につき話合うこともなかったのであるから、これをもって本件建物明渡の正当事由とするに足らない。

三、そうだとすると被控訴人において金五〇万円の移転料を支払うことにより、正当事由を具備するに至るとして控訴人に対し本件建物明渡を命じた原判決は取消を免れず、本訴請求は棄却さるべきである。

四、よって民訴法第三八六条、第九六条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 谷口茂栄 裁判官 荒木大任 田尾桃二)

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